日本基督教団 南町田教会

教会活動計画と報告

2019年度活動計画

* 牧会方向

主題聖句

こうして、聖なる者たちは奉仕の業に適した者とされ、キリストの体を造り上げてゆき、ついには、わたしたちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長するのです。

エフェソの信徒への手紙4章 12-13節

 

*牧会計画Pastoral Plan

主題  Being a church and  Doing a church

神のものとして「存在」し、神のものとして「実行」する。

 

「遣わされないで、どうして宣べ伝えることができよう。『良い知らせを伝える者の足は、なんと美しいことか』と書いてあるとおりです。」 ローマの信徒への手紙 10章 15節

神の愛と御子イエスの愛に生き、愛の中で幸いな人生を行う。

南町田教会の福音の二重の掟は、神への愛・隣人への愛である。その愛は、教会と世界(学校伝道・こども110当番の家・みぎわホーム)で表される。

それは、「開かれた教会」、「信徒中心の教会」、「福音宣教」というスローガンと言いかえることができる。

これは、ヴィジョンであり、課題である。南町田教会はその課題と様々な形で取り組んでいく。

 

目標

 

キリストに(To Christ) : わたしたちはイエス・キリストについて証する。

「キリストにある自分」がどれほど豊かな存在であるのか、キリストの福音を伝えることは、教会の本性に深く根ざしたもっとも特有の恵みであり、召命であり、教会はまさに福音をのべ伝えるために存在であることをキリストにある教会を証しする。

聖霊が教会の宣教活動を導き、福音を告げ知らせるための時と場所と手段を示してくださる。

 

教会の集いの働き(Called out movement) :教会員が集まるに励む練習。主日礼拝、様々な教会のプログラムに教会員が積極的な参加する。

 

キリストにおいて(In Christ):人格的な信仰生活

「わたしたちが皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長する」エフェソの信徒への手紙』、4:13)

人格の成長を支える確かな土台は,イエス・キリストにおいてその教えを生活の中心とすることによって築かれる。信仰と人格の間には,密接な関係がある。神の戒めに従う力を信じる信仰は,必要に迫られたときに役立つ人格的な強さを築いてくれる。

 

キリストのために(For Christ)  主日礼拝 祈祷会 共に祈る信仰の同伴者

 

伝道の働き(Called into movement) :みぎわホーム 英語子供礼拝と学び

教会員は世にイエス・キリストをのべ伝え、聖霊に満たされた証人となり、すべての国民を弟子とするよう招かれている(マタイ28・19以下)。

キリストの体を立てることを目的とする。

 

成熟の働き(Called up movement) :壮年会 婦人会 青年会 ヨハンナ会 教会学校

互いにより成熟したキリスト者になり、互いに信仰を励まし、互いに信仰を立てる教会共同体

 

実践事項

教会員と隣人にキリストの愛を伝える(施す)信仰共同体にする。

 

「そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」マタイによる福音書5章 16節

この地に神の国を語ることで、町を豊かにし、キリストにおける希望の共同体にする。

義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。マタイ福音書5章 10節

「教会が一種の『異邦人の中庭』を設けなければならないと思います。そこでは人々がある意味で神とかかわることができます。この神を知らず、教会が内的生活によって礼拝するその神秘に近づくことができなくても。現代において、諸宗教対話だけでなく、宗教と疎遠となり、神を知らないにもかかわらず、単なる神々では満足できず、たとえ知られざるかたであっても、神に近づきたいと望む人々と対話しなければなりません」教皇ベネディクト十六世は同じ『異邦人の中庭』というメッセージを『2010年「世界広報の日」メッセージ』として語った。

教会員とみぎわホームがイエス・キリストの無償の愛を備え、成熟した共同体にする。

「ついには、わたしたちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長するのです。」

エフェソの信徒への手紙4章 13節

  

青年育成

そこで、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。

だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」

マタイ福音書9章 37-38節

 

こどもの信仰教育

「若者を歩むべき道の初めに教育せよ。年老いてもそこからそれることがないであろう。」

箴言22章6節

 

具体的活動

「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。」                    

ガラテヤの信徒への手紙/ 02章 20節

 

役員会:各部会は教会 共同体の運営に欠かせない役割を分担し、教職と信徒の協力によって教会の具体的な施策を実行する。各種行事(クリスマス,復活祭,敬老の集い等)を企画・準備する。教会の諸活動のために必要な奉仕を信徒に示し、信徒の賜物に応じて奉仕を引き出し、また、新しい賜物を開発する。役員は、御言葉の礼拝と伝道を押し立てつつ、愛の働きと、霊的の交わりをも、教会の働き全体の中に位置づけ、それら全体が偏りなく、相互に助け合って、円滑に行われるために奉仕する。

教会会計:年の予算、決算においては、単なる集計に終わらず、そこに表れた一年の教会活動の実態を振り返って、役員としての活動する

 

委員会の形成:礼拝・伝道・教育・オルガン委員会・CS(長内教師 英語子供礼拝)を活性化し、「公の礼拝」(Corporate Worship) (主日礼拝 こども礼拝 木曜日祈祷会 みぎわホーム朝礼拝 上溝家庭集会 教会暦礼拝(Liturgical Year or Christian Year) 受難日礼拝 復活日礼拝 クリスマス礼拝 特別礼拝 聖餐式 苦難週 新年礼拝 創立42周年礼拝 収穫感謝礼拝を互いに協力する。高齢者・病者訪問する。

 

祈祷会:「あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神 、主を愛しなさい。」(申命記6章5節)を持って次のように祈る。「だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」(マタイによる福音書6章6節)群と個の祈りを恵みと平和の中ですすめる。

社会活動委員会;福祉(貧しい者の援助のための募金を集める慈善募金 ふさわしいボランティア活動 救援活動 婦人会との協力で食事の分配の奉仕)、医療、その他、愛の働きのために必要な知識が、教会内に豊かに蓄えられ、活用されるように働く。

 

宣教委員会(コーヒーコーナー):長内教師 引き続き、第2礼拝終了後、第3礼拝(国際礼拝)開始前に、信徒の交流も目的としたコーヒー販売。教会と社会に寄付。

 

みぎわホームの朝礼拝:黄牧師 西田牧師 長内教師 伊藤秀雄兄 伊藤由紀姉

朝礼拝:貴重なHealing Space(癒しの空間) である

言語教育・美術教育・音楽礼拝をケアの礼拝としてささげる。

ウェルビング(Well-being)とヒーリング(Healing)ある施設としての祈りをささげる。

そして、高齢者の方がウェル-エイジング(Well-aging)、美しく歳を重ねて行くため、朝8時10分頃に音響担当者、楽譜、椅子担当者と訪問し、8時30分―50分まで神に黙想・讃美・祈り・聖書朗読、説教・祈りの順番で一日を始める。

認知症のリアリティオリエンテーションを礼拝の中で行う。

朝礼拝に参加する方の中で認知症の高齢者が多い。認知症の高齢者は、思考能力は衰えても、感情は残っている。自分がどこにいるかわからないから不安だとか、知らない人に触られて恐いという感情はある。だからこそ心のケアが必要である。

音楽は感情に響いてよみがえらせる力がある。讃美歌の音楽療法では歌を楽しみながら、見当識改善、口腔機能の強化、長期記憶の刺激や身体機能の維持改善、心身の活性化など様々な効果が期待できます。

説教は魂・肉のケアの内容をしている。

認知症の特徴は何と言っても記憶障害ですから、できるだけ脳を使って脳が活動停止にならないようにすることである。

場所や時間、季節などに関連したワードを説教に織り交ぜ、「現在情報」を違和感なく与えることで、見当識を訓練していくものである。礼拝において確実に認知症の進度が止まる、或いは症状の改善が見られる。

短い1節―2節の聖書を、声を合わせて読み、その教えを黙想し、印象に残る言葉を暗記するのである。

実に、聖書の言葉を暗唱することは記憶力の維持、また強化に繋がる。認知症の予防に一役買っていると言うことができる。礼拝においてクライエント(入所者)とセラピスト(説教者)の相互作用の中で認知症高齢者は自己肯定感を高め,なじみのない讃美歌を歌うことも治療になることもあり得る。新しい讃美歌と聖書の暗誦と音読、声を出しての歌う。

 

音楽と癒しの時:西田牧師  西田紀子姉(音楽療法士)

音楽療法は音楽を聴いたり唄うことで脳の活性化や心身に安定をもたらすリハビリの一種である。また、発達障害や精神の症状に悩む人が、障害の改善や生活の質の向上を目指して行われる治療法の1つである。音楽は「記憶の扉を開けるカギ」とも言われており、子どものときに歌った唱歌や若いころに流行した曲を選ぶと、回想法と同様に昔のことを思い出して、さらに脳を活性化させる効果も期待できる。西田紀子姉が認知症患者の年齢や好みに合わせた曲を選び、認知症の進行具合に合わせて歌や踊りを取り混ぜた讃美歌と音楽を用意する。

 

看取り:黄牧師 西田牧師 長内教師 伊藤秀雄兄

人間の生と死の間に、高齢者の方の「看取り」がある。美しい死の中にこそ未来があり、真の生がある。ことを伝える。礼拝後、入居者に訪問し、聖書と祈りの時を持つ。

2018年度活動報告:≪ 美しい教会と美しい町のために≫

「恵みの倉である天を開いて、季節ごとにあなたの土地に雨を降らせ、あなたの手の業すべてを祝福される。あなたはそれゆえ多くの国民に貸すようになるが、あなたが貸してもらうことはないであろう 」申命記 28章12節

「わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。」コリントの信徒への手紙一 12章23節

 

絵本のなかから抜け出してきたような美しい教会がある、それは、南町田教会である。

2018年6月24日(日)15:00より献堂式が行われ、献堂式委員長 長内妙子協力教師による開式の挨拶で始まり、司式 西田 浩子牧師 特別讃美「天使の糧」Panis Angelicus(C.Franck) 西田紀子姉 ハンドベル演奏Green Meadowハンドベルリンガーズ指揮;下田和男兄 祝辞 川勝高宏(社会福祉法人南町田ちいろば会 みぎわホーム理事長)森 優 牧師(日本ハンドベル連盟監事)イ・ジュンホ博士(韓国ハレルヤ教会教会員)吉川武蔵(一級建築士事務所 株式会社ビー・ツー)感謝状 河野フミエ・ ビー・ツー 式辞には西東京区議長 願念望牧師の説教を頂いた。


「百聞は一見に如かず」ということわざがある通り、南町田教会の本当の魅力を知ってもらうには 実際に見て来ていただくのが、一番手っ取り早いであろう。

南町田教会は大理石の隙間から差し込む光とそれに照らされて光る十字架、講壇の背部の空間が美しい教会である。ギリシャ産大理石で装飾された壁は荘厳そのものである。

教会建築物も宗教芸術のように人間の感性に訴えることができる。

人間が心を落ち着かせるには、礼拝を通じて神の恵みと平安が必要である。人間の理性と感性、五感の経路を通じて、精神と体、霊により認知することであるので教会はいつも元気で豊かな想像力を培うその力をもつために、常に新しく生まれ変わることを神に祈り続けることである。

キリスト教的愛の働きとして、教会内の教会である南町田教会(Church Within A Church)、教会の隣にある南町田教会(Church alongside the church)を形成する礼拝、教育、交わり、伝道をもって世の中に仕える献身と奉仕を実践した2018年度であった。「地域に認められる教会」、「地域社会に仕える教会」として、光と塩の役目を担って前進し続けた。

2018年4月11日(水)には、宗教法人課による境内建物現地調査を受けた。

次の時代 (Next Generation)を準備する未来指向的をもって「愛」、「希望」、「信頼」のある教会を形成した。

2018年度は、キリストの御言葉とキリストに学ぶ「Mission Dei (神の宣教)」を、地域とアジアの教会(韓国教会、台湾教会、インドネシア教会、香港教会)において実践する教会の姿になるようにすすめた。

西東京教区より依頼をうけた祈りのカレンダー(第58号:9月23日~1月5日予定)の祈祷課題は、「白い大理石と光輝く十字架の新会堂での主日礼拝と教会創立の特養みぎわホームでの朝礼拝、看取りケアの働きが神と人に愛され、祝福されますように。」であり、信徒の友には、献堂式の写真とお祝いのことばが掲載され、この掲載と同月刊誌の中にある「日毎の糧」への掲載により、南町田教会を覚えて日本基督教団の多くの教会がお祈りのお便りをくださった。

町田市は人口流入が一番多い地域の中の一つである。南町田駅前の再開発も手伝って教会がこの地域に使える方法は多々あるといえる。

例えば様々な機会を設けて教会の特徴を生かした活動、福祉施設等に対する奉仕活動を行い、また教会内では 信徒の信仰養成の計画を立てたり、その一環として主日礼拝と祈祷会における分かち合いをした。

「美しい日本」は教会、信仰者によって展開される。

南町田教会では、「公の礼拝」(Corporate Worship)である第1・2礼拝、毎月第1週目の聖餐式(Communion)と第3讃美国際礼拝(Congregational Worship)が行われている。

公の礼拝は、礼拝順序(Order of worship)があり、それは救済的なストーリーテリングを導く媒介であり象徴である。

前奏→招詞→讃詠→主の祈り→交読詩編→讃美→聖書→祈祷→使徒信条→讃美→説教→祈祷→頌栄→祝祷→後奏→報告

また、個人の礼拝(Private worship)においては、「あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」(申命記6章5節)を持って次のように祈る。「だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」(マタイによる福音書6章6節)

「だから、あなたがたが暗闇で言ったことはみな、明るみで聞かれ、奥の間で耳にささやいたことは、屋根の上で言い広められる。」(ルカによる福音書12章3節)

教会はキリストの身であり信徒はその身の各々の肢体である。

2018年は、ただキリストの道に帰らなければならないという思いをもって歩んだ。ザビエルが去った後の1570年代、日本伝道の初めの愛の道に帰ることを決意した1年であった。

2018年は、教会の中にミニマリズム(Minimalism)のプロジェクトを展開した。神の国を単純さの美学、本質への充実、真正性の中に豊かに見出し、この地における泉となることを願い進めた。

この町田に向けた神の切実な愛の心を抱いて夢を忘れてしまったすべての外の人々に、そして内側においても、信徒・南町田教会に連なる全ての人がもう一度新しいキリストの国を見いだせるよう展開した(教団・教区集会参加)。

聖書の本質は「神は愛です。」(Ⅰヨハネの手紙4:16)であり、その愛は「完全な愛」(4:18)である。このことを覚え礼拝と地域の奉仕に邁進した。

『信仰告白』と『教憲・教規』における洗礼と 聖餐の「一体性と秩序」を保つことのできる恵みを感謝し、キリスト者としての完全な愛を目指した。

Pastoral and Spiritual Careとして、教会員との交わり、みぎわホーム、地域活動に参与した。

教会員と教職者が信仰的人間観や世界観を理論的に構築し、健全なパーソナリティと牧会者としてのアイデンティティを持ち、信頼、信仰、希望、愛、自由、誇りを支え合った。

祈祷会・ヨハンナ会・諸集会における聖書、キリスト教の深い学びと歴史学的考察が聖書本文の分析と聖書の多様な思想世界の理解へと大きく道を開いたことからもわかるように、他分野の知見と相互対話的に向き合うことは意義があった。社会と共に生きることはすなわち、傾聴・共感・受容であり神の無条件の愛とゆるしの洞察を促し、イエス・キリストに支えられていることを自己認識することができた。

また、国際礼拝 現代式礼拝(音楽礼拝)と伝統礼拝に信徒が参与した。

信徒による知的で動的な参加(Participation, Spontaneous involvement)、信仰の告白と沈黙の祈り(Silent engagement)、個人の祈祷 (Simple Prayers)、公の祈祷 (Specific Prayers Requests)が忠実に守られた。

教会形成としては牧会委員会・役員会形成・教会学校・英語こども礼拝と学び・青年指導者育成・みぎわホーム奉仕者・礼拝奏楽者・聖歌隊・伝道委員会・教育委員会・礼拝委員会・総務委員会・財政委員会・生け花委員会・教会報作成である。

祈りの会を開催し、教職・信徒が祈り、黙想し、各部分がどのように教会活動にかかわるか協議し、伝道方針を策定した。

2018年は美しい教会と美しい町のための豊かな1年であったに違いない。

2018年度活動計画

主題: 美しい教会と美しい町のため

 

「恵みの倉である天を開いて、季節ごとにあなたの土地に雨を降らせ、あなたの手の業すべてを祝福される。あなたはそれゆえ多くの国民に貸すようになるが、あなたが貸してもらうことはないであろう 」申命記 28章12節

「わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。」

コリントの信徒への手紙一 12章 23節

 

牧会方向 Activity Plan

「わたしが来たのは、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多く の人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」(マルコ10:45 )

 

「私はあなた方の神となり…」(I will be your God)これは人間の義認であり、「あなたがたは私の民となるであろう」(You shall be my people)は人間の聖化である。

 

キリスト教的愛とは神の愛でありその概念は、三つの意味に理解されている。すなわち愛は、先に神が人間を愛し、人間が神を愛しつつ、人間が他の人間を愛するというのである。言い換えれば、愛は、第一番目に神の愛(アガペ)、二番目に人間的応答(賛美・感謝・服従等)、三番目に隣人愛(倫理的姿勢)なのである。このような関連は、バルトによれば、互いに分離させて洞察することは出来ないのである。

そして教会内の教会(Church Within A Church)、教会の隣の教会(Church alongside the church)を形成する礼拝、教育、交わり、伝道であり、また世の中に仕える献身と奉仕を実践する。「地域に認められる教会」、「地域社会を仕える教会」として光と塩の役目を担う教会になるように働きかける。

次の時代 (Next Generation)を準備する未来指向的をもって「愛」、「希望」、「信頼」のある教会を形成する。

2018年は常に新しく聖霊に導かれ、キリストの御言葉とキリストに学ぶ「Mission Dei (神の宣教)」を、地域とアジアの教会(韓国教会、台湾教会、インドネシア教会、香港教会)において実践する教会の姿になるようにすすめる。

 

伝道活動計画

「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。」

使徒言行録2章 42節

 

町田市は人口流入が一番多い地域の中の一つであると同時に、何より日本において若い世代、さらに言えば、専門的分野の研究に長けた人口の流入率が高いエリアである。

商業芸術ファッション研究技術教育など多い分野にかけて大きい影響を及ぼしている。

とくに、南町田エリアは、さらに魅力的で便利な暮らしを堪能できる町に成長している。

その点から、都市伝道計画に視野を置き、教会内外にわたって、教育と福祉、伝道ために企画し、実行することを考える。

たとえば教会外に対しては様々な機会を設けて教会活動、福祉施設等に対する奉仕活動を行う。 また、教会内では 信徒の信仰養成の計画を立てたり、その一環として主日礼拝と平日における分かち合い等を企画する。

 

御言葉の牧会 Preaching Ministry

「主よ、わたしの叫びが御前に届きますように。 御 言葉をあるがままに理解させてください。」(詩編119編169節)

ノーベル文学賞川端康成の「美しい日本の私」とノーベル文学賞大江健三郎の「曖昧な日本の私」と言う講演があった。

日本の気候、日本人の感性と知性と霊性に合った教会を作り出すことは、便利さや経済発展より、日本の美しい風景が教会には必要なのだという信仰の理解の転換をはかれば、「美しい日本の私」は不可能ではない。

「美しい日本」は教会、信仰者によって展開される。

礼拝は音と沈黙、イメージとイメージに対する抵抗、人間の想像力と霊的な渇望が交差する複雑な交差点のような出来事である。象徴的意味を表す礼拝空間は、人間の認識や感性だけではなく霊的形成による人格な成長に影響を与える。

南町田教会では、第1・2の「公の礼拝」(Corporate Worship)、第1週目の聖餐式(Communion)と第3讃美国際礼拝(Congregational Worship)が行われている。

礼拝において具体的な(concrete)祈り、象徴的(symbolic)な言葉 隠喩的(metaphoric)かつ詩的(poetic)な音楽の讃美を心からささげる。「心」とは、「知性」「感情」「意志」を司る部分である。つまり、知性をもって神を知ること、神を知ることによって伴う心の喜びの礼拝を行う。教会には象徴と象徴行為によって語る説教がある。その説教は公的礼拝のしるしである。

『公の礼拝』(public worship)とは、単に個人の礼拝を共同で行うことではない。

また個人の祈りが漏れ出てきたようなものではない。真正な礼拝とは神の掟に順従する行為である。公の礼拝は教会の意識行為である。

神の言葉だけでなく、ある象徴的な行為によって神のメッセージを人々に伝えている。それは神が命じたことであるからである。

教会は礼拝の中で象徴的な行為として、復活の命について語る。「そして、死者の中から復活させられたキリストはもはや死ぬことがない、と知っています。死は、もはやキリストを支配しません」。ローマの信徒への手紙第6章9節

キリストの十字架の死を「罪の赦し」とし、復活を「新しい生命」に生まれ変わることとして捉えることである。

礼拝順序(order of worship)は、救済的なストーリーテリングを導く媒介であり象徴である。

前奏→招詞→讃詠→主の祈り→交読詩編→讃美→聖書→祈祷→使徒信条→讃美→説教→祈祷(ヨハネ 14:14「わたしの名によってわたしに何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。」)、→讃美→献金(使徒言行録3章6節 ペトロは言った。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」)→頌栄→祝祷→後奏→報告。

また、個人の礼拝(private worship)においては、「あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」(申命記6章5節)を持って次のように祈る。「だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」(マタイによる福音書6章6節)

「だから、あなたがたが暗闇で言ったことはみな、明るみで聞かれ、奥の間で耳にささやいたことは、屋根の上で言い広められる。」(ルカによる福音書12章3節)

 

変化の牧会 New Wine Ministry

 「イエス・キリストは、きのうも今日も、また永遠に変わることのない方です」

(ヘブライ人への手紙13章8節)

神は建築師として創造の世界を綿密な計画を立て、寸法を測って準備し、柱を据えた。隅の親石と言われる基礎をしっかり据え、その上に神は世界を創られた。

「わたしが大地を据えたときお前はどこにいたのか。知っていたというなら理解していることを言ってみよ。誰がその広がりを定めたかを知っているのか。誰がその上に測り縄を張ったのか。基の柱はどこに沈められたのか。誰が隅の親石を置いたのか。」(ヨブ記38章4-6節)

大理石の隙間から差し込む光とそれに照らされて光る十字架、講壇の背部の空間が美しい南町田教会。ギリシャ産大理石で装飾された壁は荘厳そのものである。

教会建築も宗教芸術のように人間の感性に訴えることができる。礼拝を通じて神の恵みと平安を体験するということは人間の理性と感性、五感の経路を通じて精神と体、霊により認知することであるので教会はいつも元気で豊かな想像力を培うその力をもつために、常に新しく生まれ変わることである。「産みの苦しみ」を必要とする、ということである。苦しみの伴わない教会発展はあり得ない。カルヴァンが「生んだあとに喜びがある」(『新約聖書注解』第10巻105頁)と言うのである。だからこそ、苦しみに耐えることができるのである。少子高齢化など社会状況の変化に地にある教会もさらされている。教会建築完成と共に、社会や人々の心が揺れ動く中で、教会は聖書と健全な信仰を教え、「魂への配慮」を目的に社会と共に生きるかを牧会をすすめる。

日本人には人間関係に存在する「ウチ」と「ソト」の概念がある。日本人はウチ(内側)にいる人間との関係は大事にするが、ソト(外側)の人間とは疎遠である。これは日本人の異質を認めない連続の思想に起因する。

自己を特定の他者や集団から切り離して理解する「独立的自己理解」と自己を特定の他者や社会的文脈と連結した共生的存在と理解する「相互依存的自己理解」の中で、神は私たちが住む世界を社会的・歴史的・文化的(socio-historical-cultural) 相互依存的の連結網(network)として造った。

親は「子」において「親」であり、子は親において「子」である。したがって「親」は「子」を離れてそれ自体として存在しているのではなく、「子」も「親」を離れてそれ自体として存在しているのではない。「親」と「子」がまずいて、それが「交互作用」に入り、「親子の間柄」が成立するのではなくて、「親子の間柄」という「交互作用」において親は「親」と成り、子は「子」と成るのである。この意味において「親」と「子」は「親子の間柄」において「相互依存」して存在しているのである。教会と社会間において、相互連結と相互依存の創出、拡大、強化を大きく顕在化することは決して悪いことではなく「相互依存」という協同関係の内に教会と社会が存在するのである(みぎわホーム、福祉・無償の子供英語クラス・地域奉仕活動)。

2017は宗教改革500周年を迎えた年である。宗教改革はアドホンテス(ad fontes), すなわち福音の根源、本質、原型に帰る運動だった。

人間の肢体中において弱く見える部分がもっと重要であることが多い。目は弱い部分だが、とても重要であり、頭脳や心臓や肺なども弱いが、常に重要な部分である。また身の肢体の中で不十分な部分は服を着たり靴を履いて補うが、顔は覆う必要がない。

教会はキリストの身であり信徒はその身の各々の肢体である。

2018年は、ただキリストの道に帰らなければならない。日本伝道の初めの愛の道に帰ることである。

2017年、西田牧師は聖フランシスコ・ザビエルの教会(マカオ特別行政区)を訪ねた。その旅は伝道の初めに立ち返ることを思い起こすことになり、2018年の伝道を理解するうえでの土台の要素の一つとなった。

1549年、ザビエルは宣教の許可を得、薩摩での布教中、福昌寺の住職で友人の忍室と好んで宗教論争を行ったとされる。後に日本人初のヨーロッパ留学生となる鹿児島のベルナルドなどにもこの時に出会う。しかし、ザビエルは言語の障壁によって福音伝道の限界を感じた。ところが彼は日本伝道をあきらめなかった。彼が2年後に去る際には 100人ほども伝道することができた。民謡歌手ローレンス(Lawrence)という日本人を伝道したが、彼は後に日本で一番有名な説教者になった。

ザビエルが去った後1570年代、多くの日本人がローマカトリックに改宗し、16世紀末には信者が約30万人になったとも言われている。

2018年は、教会の中ミニマリズム(Minimalism)運動を展開する。美術、舞踊、音楽、デザイン、建築など芸術でにおいて主に使われる用語であるミニマリズムは、事物の根本のみを表現した時、本質に至ることができるという信頼に即して、技巧や脚色を最小化する傾向をいい、各分野で追求される共通点は単純さの美学、内面性の表現、本質への充実、素材の真正性などである。

南町田教会は神の国を単純さの美学、本質への充実、真正性の中に豊かに見出し、この地における泉となるのである。

「涙と共に種を蒔く人は喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は束ねた穂を背負い喜びの歌をうたいながら帰ってくる。」詩編 126編 5-6節

この地に向けた神の切実な愛の心を抱いて夢を忘れてしまったすべての外の人々に、そして内側においても、信徒・南町田教会に連なる全ての家族がもう一度新しいキリストの国を見いだせるよう展開する(教団・教区集会参加)。

 

与える牧会 Gifts Ministry

「わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。 わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」愛の本質は与えることであると聖書は語っている。」(マタイによる福音書 16章 18-19節)

聖書には「神は愛です。」(Ⅰヨハネの手紙4:16)とあり、その愛は「完全な愛」(4:18)である。

南町田教会は『信仰告白』と『教憲・教規』における洗礼と 聖餐の「一体性と秩序」を保つことのできる恵みを感謝し、キリスト者としての完全な愛を目指す。

*Pastoral and Spiritual Care:教会員との交わり、みぎわホーム、地域活動に参与する。

教会員と教職者が信仰的人間観や世界観を理論的に構築し、健全なパーソナリティと牧会者としてのアイデンティティを持ち、信頼、信仰、希望、愛、自由、誇りを支え合う。

*祈祷会・ヨハンナ会・諸集会:聖書、キリスト教の深い学び。

歴史学的考察が聖書本文の分析と聖書の多様な思想世界の理解へと大きく道を開いたことからもわかるように、他分野の知見と相互対話的に向き合うことは意義がある。社会と共に生きることはすなわち、傾聴・共感・受容であり神の無条件の愛とゆるしの洞察を促し、イエス・キリストに支えられていることを自己認識することができる。

「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、任命したのです。・・・それは、・・あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。」ヨハネ15:16

国際礼拝 現代式礼拝(音楽礼拝)と伝統礼拝に信徒が参与する

Let the word of Christ dwell in you richly in all wisdom; teaching and admonishing one another in psalms and hymns and spiritual songs, singing with grace in your hearts to the Lord.

信徒による知的で動的な参加(participation、spontaneous involvement)、信仰の告白と沈黙の祈り(silent e engagement)、個人の祈祷 (Simple Prayers)、公の祈祷 (Specific Prayers Requests)。

「こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。」ローマの信徒への手紙12章1-2節

 

Joining Up the Body: Building the Common Life of the Church(共同体を立つ牧会)

牧会委員会・役員会形成・教会学校・英語こども・青年指導者育成・みぎわホーム奉仕者・礼拝奏楽者・聖歌隊・伝道委員会・教育委員会・礼拝委員会・総務委員会・財政委員会・生け花委員会・教会報作成

毎月「祈りの会」を開催し、教職・信徒が祈り、黙想し、各部分がどのように教会活動にかかわるか協議し、今後の伝道方針を策定する。

2017年度活動報告

2017年度教会活動報告

主 題 「礼拝と仕える者として生きる」

「神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」

                         ヨハネによる福音書4章 24節

「しかし今は、聖なる者たちに仕えるためにエルサレムへ行きます。」

 ローマの信徒への手紙15章 25節

2017年、南町田教会は創立40周年を迎える神と共に歩む、公同の教会、聖徒の交わりの教会でした。「共に祈る、歌う、行う教会」を「真実な教会」「元気な教会」「愛がある家族」「協力する隣人」として仮会堂・新会堂に展開しました。教会活動の具体的な事柄を、教会の40年間の歩みを踏まえ『教育・福祉・伝道』と名づけました。みぎわホーム改築と2016年―2017年の教会建築の展開を主に感謝いたします。

2017年も、「教会の内の教会」「教会の隣の教会」教会の礼拝と各部の活動の中で教会の姿を見、隣人のための働きの中に隠された教会を見出しました。

2017年も教会活動に心に留めて、神の栄光と隣人への愛に「確実に」たどりつく道しるべを提示し、神を仰ぎ見る一年でありました。南町田教会は、他者を愛するものとなり、自己犠牲の中に喜びを感じる者へと変えられることをお祈りいたしました。礼拝において具体的な(concrete)祈り、象徴的(symbolic)な言葉、 隠喩的(metaphoric)、詩的(poetic)な音楽の讃美礼拝・知性の礼拝をささげました。 礼拝順序は、救済的なストーリーテリングを導いて 前奏→招詞→讃詠→主の祈り→交読詩編→讃美→聖書→祈祷→使徒信条→讃美→説教→祈祷→讃美→献金→頌栄→祝祷→後奏→報告。 礼拝では聖書朗読(新共同訳)、説教と並んで、「罪の告白や 懺悔の詩編や、讃美歌(讃美歌1954年 讃美歌Ⅱ1967年)を用いました。

礼拝と伝道という教会の二重の性格には自転車の後輪と前輪にたとえることができるかと思いました。 外側から見れば、自転車は前輪から進んでいるように見えます。しかし、その前輪を動かしているのは、後輪の駆動力です。

前輪(伝道の働き)が止まれば、後輪(礼拝)も止まってしまいます。

礼拝において神が語られる御言葉が、聖霊を伴って働き、私たちに力を与えて、それぞれの伝道の場へと推し出しています。礼拝と伝道の和音が必要でありました。

建築委員会では、教会の未来に求められる空間については最大限の確保を、費用については前もって準備をするという二つの点で、設計と建築会社の選定において慎重且つ十分に時間を注ぎ備えました。建築費用は2008年隣接地購入から建築計画が始まり、2017年12月教会建築の完成に土地約7000万円、建物に約5000万円になります。必要費用の内、黄牧師は指定献金という形で土地購入403万円、建物建築1000万円の献金と退職金500万円の借入をし、合わせて1,903万円の負担をしました。

南町田教会は教会学校・宣教委員会・教育指定献金・教会員を中心に準備を行い、他の教会員の負担とならないよう、また日本基督教団・教区・他教会に献金のお願いをすることなく進めることのできる道を開くことができました。

建築関係は「教会建築臨時総会」(2016/12/11)公告掲示、、建築会社ビー・ツーと契約し、本体工事請負契約。設計契約(2017/1/10)、間取りなどの打ち合わせ(2017/1/31~)教区、教団へ宗教法人法第23条の手続を申請と 建築に関する申請手続き、打ち合わせ、会堂建築に伴い4月23日(日)から仮会堂(町田市南つくし野3-1-2 アイアイビル3階)に於いて12月23日まで礼拝を行いました。5月7日(日)午後4時より感謝祈祷会(於:南町田1丁目会堂)5月8日(月)旧会堂解体工事を開始し、6月4日(日) ペンテコステ礼拝、 午後4時より起工式(於:南町田1丁目1-10)を行いました。  7月4日(火)   法務局に於いて滅失登記申請し、(旧会堂解体による建物表示登記抹消手続き)10月29日(日)創立40周年記念礼拝と記念愛餐会、12月23日(土)教会建築完成の中で新会堂(南町田1-1-10)へ引越し12月27日(水)は 新しい講壇、説教者・司式者用椅子、聖書台、十字架、椅子50脚が横浜港から専用トレーラー(10トン車)により教会に運びました。

12月24日クリスマス礼拝を新会堂で行い、2018年6月24日には、献堂式 祝会が行われ、祝会の中で教団や教区等より祝辞、施工業者への感謝状贈呈を頂く予定です。教会建築において、私たちは教会建築上の伝統的な約束と南町田教会歴史を踏まえ、地域の風土に根ざした教会建築を創造させることに総意を集中させました。

教会は地域で伝道する使命がありますので、建築は内なるものが外なるものへの証しになります。それは、建築は思想であり文化であるからです。教会建築は教会につらなるすべての人々がなんらかの形でその計画から建築に参加することに意義があります。

南町田教会は現状の建物の中で環境を精一杯活用し、枝々のはたらきを組織的にまた活発に展開してきました。

西田牧師、西田紀子姉は9月18日(月)から23日(土)まで香港を訪問し、 St.john's cathedral教会(香港)の聖餐式に参加し、 聖ローレンス教会・聖ヨセフ教会・修道院(マカオ)を訪問しました。特に、新会堂の壁の十字架の設置構想はこの時に与えられました。

2017年教会は、役員会 宣教委員会、婦人会、壮年会、青年会、CS教師会、ヨナンナ会の讃美、部会リーダー会議など伝道活動を行いました。其々の活動は現状の振り返りと未来への取り組みを繰り返し、小さな改革を積み重ねながら前進していました。中でもヨナンナ会の讃美歌練習や宣教委員会のコーヒーコーナーは礼拝後の教会員の交わりにおいて要となっていました。教会の空間が礼拝堂のみである環境において多様性のある動きができにくい状態の中で、また食事をする空間が礼拝堂でしかない状況があり、礼拝を献げる空間とは場所を分けて考え、きちんとその空間を1階・2階分けて備えることができました。教会のはたらきとして最も重要であるのは、主日礼拝です。これからは100名の礼拝出席できる規模を目標にする美しい礼拝を献げることができます。伝道と教会形成を進めるために、古き良き伝統に学び、それを生かして用いつつ、足りないところを補い、行き過ぎたところを切除する勇気を持たなければならないことを実感しました、1年でありました。

2017年度活動計画

主 題 「礼拝と仕える者として生きる」

 

聖書(Jahreslosung)

 

「神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」

ヨハネによる福音書4章 24節

「しかし今は、聖なる者たちに仕えるためにエルサレムへ行きます。」

ローマの信徒への手紙15章 25節

 

牧会方向:Pastoral Care

 

「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。

羊飼いでなく、自分の羊を持たない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして逃げる。狼は羊を奪い、また追い散らす。彼は雇い人で、羊のことを心にかけていないからである。 わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている」                    ヨハネによる福音書10章 11-14節

 

南町田教会は創立40周年を迎える神と共に歩む、公同の教会、聖徒の交わりの教会です。「共に祈る、歌う、行う教会」を「真実な教会」「元気な教会」「愛がある家族」「協力する隣人」として仮会堂・新会堂に展開します。

愛する家族や友人がイエス・キリストを信じて救われ天国へ行けるように祈ります。

隣人愛の実践と福音伝道で人々が心開きキリストを信じるようにします。

イエス・キリストの御業によって各々に与えられている神からの賜物、能力を生かしてキリストのからだである教会を建て上げていきます。

 

牧会計画 Pastoral Plan

 

「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように」
                     コリントの信徒への手紙二13:13

「福音のみ」を、「信仰」と「奉仕と」によって毎回の礼拝の終わりに受けられるようにします。キリストの励まし、神の愛の慰め、聖霊の交わりが祝福として与えられる教会にします。

2017年の教会活動の具体的な事柄を、教会の40年間の歩みを踏まえ『教育・福祉・伝道』と名づけます。みぎわホーム改築と2016年―2017年の教会建築の展開を実感し、主に感謝いたします。

「教会建築臨時総会」(2016/12/11)公告掲示、建築業者との設計契約(2017/1/10)、間取りなどの打ち合わせ(2017/1/31~)、本体工事請負契約、教区、教団へ宗教法人法第23条の手続き、また現会堂の解体工事、仮会堂への移転・新会堂の建築のすべてに主イエス・キリストの祝福がありますようにお祈りいたします。

2017年も、教会の内の教会(Church Within A Church), 教会の隣の教会( (Church alongside the Church)、教会の礼拝と各部の活動の中で教会の姿を見、隣人のための働きの中に隠された教会を見出します。

2017年に与えられる教会活動に心に留めて、神の栄光と隣人への愛に「確実に」たどりつく道しるべを提示し、神を仰ぎ見る一年であることを願います。

教会は Extended Family(肉親でなく神の子の集いである拡大された家族) あるいは Spiritual Family(霊であるイエスキリストを信じる群れとしての霊的な家族)であります。

私たちは自分自身のことを「礼拝と仕える者として生きる」という「主に愛された者」と告白することができるならば幸いだと思います。

礼拝は「詩と讃美と霊の歌」という多様な音楽ということができます。

「讃美」は、キリスト教信仰の表現であり、礼拝の特徴であり、心を礼拝に向かわせるものであります。音楽は礼拝学の伝統を重視しながら、聖歌隊と会衆音楽の二つの要素を讃美歌と現代音楽に調和的に表現し、具体的なモデルを提示します。

教会は「祈り」の場であり、祈祷会を恵みと平和の力として展開するようにします。祈りは「会衆のために祈り、会衆と共に祈る」祈りであります。祈りは、神が求めることであるが、神についての思索や神の言葉を聞くことも祈りであります。

青年には「信仰と学問」の統合への道標を提示するとともに、壮年・婦人には、神への信仰が生活の中心に回復する礼拝と教育を提供します。

教会教育により、社会が通常示してくれない道標、社会人として成熟していくための道標を示します。

2017年、南町田教会は、他者を愛するものとなり、自己犠牲の中に喜びを感じる者へと変えられることをお祈りいたします。

 

神を礼拝する Serving God

 

南町田教会では、1・2「公の礼拝」(Corporate Worship)第1週目の聖餐式(Communion)と第3の国際讃美礼拝(Congregational Worship)が行われています。

礼拝において具体的な(concrete)祈り、象徴的(symbolic)な言葉 隠喩的(metaphoric)、詩的(poetic)な音楽の讃美礼拝を心からささげます。「心」とは、「知性」「感情」「意志」を司る部分です。つまり知性をもって神を知ること、神を知ることによって伴う心の喜びの礼拝を行います。

礼拝順序order of worshipは、救済的なストーリーテリングを導いて行く媒介と象徴の意味を持ちます。

前奏→招詞→讃詠→主の祈り→交読詩編→讃美→聖書→祈祷→使徒信条→讃美→説教→祈祷→讃美→献金→頌栄→祝祷→後奏→報告

礼拝では聖書朗読(新共同訳)、説教と並んで、「罪の告白(a general confession)や 懺悔の詩編(penitential psalm)や、讃美歌(讃美歌1954年 讃美歌Ⅱ1967年)や、霊の歌によって互いに教え訓戒すること、主に向かって心から美しく歌うこと」が礼拝の重要な部分として述べられています。

新会堂では礼拝の後、正面玄関に牧師が立っています。牧師は、色々な方とお話している最中かもしれません。でもすぐにお帰りにならずに、ぜひ牧師に声をかけてください。

 

共同体形成 Re-constructing Community

 

壮年会・婦人会・青年会・英語教会学校・ヨハンナ会・みぎわホームの愛の共同体形成

祈祷会・成人科・学生会など小グループに分かれての聖書の学び・語り合い・祈り

音楽と癒しの時・「傾聴ボランティア」の活動を通した共同体形成

教会で行われている地域活動に着目し、地域コミュニティの担い手として教会が果たしうる役割について示唆する共同体

料理教室開催

学生会を中心にした進学のための英語塾開催

新会堂の一部を地域カフェのような場や地域に開かれた交流(音楽会)の場、学びの場などに解放する

 

人生を変える Transforming of Life

 

キリストの福音を常に心に蓄えることで、自身の人生が変えられる

キリストイエスが中心である祈りの生活

礼拝によって変わる人生

真実な信仰生活がある人生

神を畏れる人生

聖書の価値観から見えるイエス・キリストを信じて変えられる人生

We believe that the Bible is foundational for knowing truth and finding joy in life.

聖書こそが真実を知り,人生に喜びを見いだすための基本であると信じる。

 

神の慰めと喜びの豊かさは、キリストの体なる教会においてこそ経験されることです。

ですから、教会の中でさえ起る偽りの人間的慰めから脱して、神の慰めと喜びの豊かさのなかに生きるようにと、聖書は南町田教会を含むすべての教会に呼びかけているのです。

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